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映画 ひだまりが聴こえる 感想

ひだまりが聴こえる(170625.19:00~)

出演:多和田秀弥、小野寺晃良、三津谷亮、ほか(敬称略)

原作は文乃ゆき先生のCanna連載漫画。単行本一冊として完結済みではあるものの、今作と続編『幸福論』につづき、単行本としては3冊目となる見込みの『リミット』も現在連載中。池袋HUMAXシネマズにて6月24日から上映開始。

 

■劇場公開期間ですが、ネタバレを含みます。

 

 情報公開は昨年10月22日で、愛する七代目青学からまさかここにきて二人目のBL映画主演が決まって、それが周囲で大ベストセラーだったひだまりが聴こえるで……と、すごくすごくびっくりしたことを今でも覚えています。コミックナタリーさんからの(いつもお世話になっています!)午前中の発表だったと思うのですが、確かおなじページ内で試し読みもできたんですよね。あまりに好みドンピシャ、脳天に衝撃を受けて、お昼休みにはもう書店に駆け込んでいました。一気読みしたあの幸福感と言ったらなかったな。ひさびさにどきどきしながら読んだ漫画だったように思います。

 あれからもう8ヶ月も経ってしまったのですね。映画館についてから、ふと、情報公開後に生で見ることができた多和田くんは、舞台TAKE ME OUTでへらへらと(こちらも七代目の)章平さん演じるゲイのチームメイトに絡む役と、富山に残してきた年上の女か逆玉の輿の令嬢か揺れる田舎コンプレックスの青年刑事役(語弊)だったなあ、とちょっと不思議な感じがしました。

 

 ひだまりが聴こえる、というタイトルらしく、原作では結構明るくて晴れているなかで進行していくことが多かったのですが、撮影期間僅か8日間とのうわさのこの映画版は、驚異の雨男ことヨコ役のみつやさんのご加護か(笑)、雨雨雨のオンパレード!

 曇りか雨しか見ていないような気がするくらい、ただひたすら天気が悪かったですが、そこは手腕の良さで閉塞感をほぼ感じないつくりになっていて感心しました。あっでも草野球のシーンはさすがになかったな。うまく会話をずらし込んでエピソードが繋がっていたので、読み返して初めて野球なかったなと気づくくらい違和感はゼロでした。

 天気の関係だったのかもしれないけど、野球とかお祭りとかもろもろ、なくせるエピソードをなくした代わりにひとつひとつの感情プロセスに時間をかけてくれたところが、この映画のいちばん評価されるべきポイントなんじゃないかなと思いました。でも太一くんから了承のメールが来て「やばいなんかすごい」って嬉しそうな顔する航平くんや、感じ悪い先輩と小学生みたいなホホエマ口喧嘩する太一くんが見たかったなという気持ちもまあまあ否めない

 

 予告動画の公開は5月の中旬。たわだくん演じる突発性難聴の男の子、航平くんが最後のワンシーン、ひとつの台詞しか喋らないという攻めの構成にしびれました。 

https://youtu.be/uVdxt9NzTxg


「ひだまりが聴こえる」予告編

 何でもかんでも比較しすぎかもしれないけれど、軽やかでポップだった宇田川町で待っててよ。の予告BGMと比べて、何となく「曲」とも言い難い、ピアノ音の連なりのような音楽が印象的。このあと公開された本編5分*1でもわかる通り、これがこのままオープニングのような役割を果たします。

 記憶にガツンと残るようなキャッチ―でエモーショナルな主題歌挿入歌はないんだけど、それはたぶん歌詞のついた音楽というジャンルが、航平くんと太一くんの世界に、お互いの媒介として存在しないからなんじゃないかな。そりゃまあ聞くことには聞くだろうけど、原作でも好きなアーティストの話とか見たことない気がするので、会話のトピックとして不要なのだと思います。

 エンディングでは同じトーンのピアノの曲が、シンプルな黒背景に白抜きのスタッフロールとともに流れていました。オープニングの音の連なりがメロディになったような、ぐっとくる美しい旋律でした。

 映画を観終わってからのかえりみちでこの予告をなんども見てようやくハッとしたのだけれど、この、ただの音が音楽になるささやかな変化は、そのまま航平くんの心理状況のあらわれだったようです。

 

 予告編で、作中でもキーポイントとなる「聴こえないならちゃんとそう言えよ。聴こえないのは、お前のせいじゃないだろ」(映画版)という太一くんの一喝のあと、急に世界に音楽が流れる。それまで一音一音だったのが美しい旋律に変わる瞬間は、ささやかに見えて、気づくとものすごく鮮烈で感動的です。

 俺の季節は中3の冬で止まった、あの部屋から出られない、という独白にもあらわれるように、太一くんが扉をこじ開けるまでは航平くんの世界も航平くん自身も本当に閉ざされていたのだと思いました。太一くんは航平くんの世界を変えたんだなあ。

 

 実写化というのは、不可能と理想の境界線を探る行為と映画一本ぶんの完成度を求めることの背中合わせだと思っているのですが、この映画はそのへんのバランス感覚がほんとうに素晴らしかったです。

 とにかくモノローグも台詞もよく拾ってくれた印象が強く、そのかわり構成がけっこう組み替えられていて、ひと作品75分のなかで無理なく流れを理解させようという意とを汲むことができました。最たる例がまず航平くんの聴力を失う、あの高熱のエピソードからはじまるところですね。公開されていた本編5分の直前に挿し込まれていたけど、ドラマCDもそこから始まる構成だったと有識者から教えてもらいました。

 とにかく中学三年生航平くんの寝顔からはじまるのがすごい、たわだくんのおさなめにつくられたビジュアルがとってもよかった。そこは同じ俳優が演じているのでむずかしいところですけど、中学生に近づけるために前髪を重めにつくったりあらゆる手段を講じていて、そのあとの大学生航平くんと比べると不思議に可愛いんですね。いやまあ中3って手塚国光くんと同い年なはずなんだけど……。

 台詞はよくよく思い返してみると、語彙や言い方が無理のない範囲内でアレンジされていて、でも流れを遮っていなかった。おのでらくんの若さといい感じにマッチしていたと思います。とにかく発音のしかたが可愛い。おのでらくんの太一くんは、なんていうかすごく等身大。小学校のころめちゃくちゃモテてた感じがしませんか?原作の太一くんは高校で一番モテてそうなので、いやどちらも相応にいいんですけど。たわだくんとの体格差がおなじ画角に入っていると圧倒的で、でも女の子と並ぶと173cmしっかりあってびっくりしました。185㎝マジック恐るべき。

 原作を読んでいると忘れがちな「声が大きい」という設定を、音響効果を用いてしっかりめにアピールしていたのも面白くてよかったです。ほんとにちょっとだけですが、おのだくんの語尾を投げがちな癖がちょっと気になりました。まあでも若いし……と思えるくらいで、演技には何ら問題なかったのではないかな。実年齢よりも歳を重ねている役って、イケメン若手俳優としてあまり多い経験ではないと思うんですが、幼すぎなくてよかった。自分を振り返っても思うけど、大学生って実際あんな感じですよね。

 そういえば原作の太一くんは、いつも通り大学敷地内らしきトタン屋根みたいなところでご飯を食べていた航平くんの背後に、文字通り落ちてきます。ボーイミーツボーイの出会い方として完璧にもほどがある、天空の城ラピュタかよって、もうそこから恋の始まりの予感があるんですよね。

 一方映画では可愛い可愛いおのでらくんにそんなことをさせるわけにもいかないしロケーションも限られているしで、太一くんは普通に手すりに座って後ろに落っこちるかわいそうな子になっています。深刻に頭痛そう。予告の最後のシーンが、じつは映画で航平くんがお昼を食べてる小高い丘(?)なんですけど、そのふもとみたいなとこで思いっきり頭打ってるところを見下ろす出会い方は、逆になにも始まらなさそうでいい。太一くんってゆくゆくは航平くんの扉をあけるヒーローなんだけど、そのカタルシスがゼロの地点からスタートするんですよね。

 航平くんが映画の中でご飯を食べているのはただの木の下で、原作と違って見つかりづらいところではなさそうなんですよね。ということはきっと、航平くんの、声をかけづらいバリアみたいなものが結構分厚かったんじゃないかな。そこをさかさまの視界から踏み込んだ太一くんは、やっぱりすごい人だったんだと思う。

 余談ですが、同タイトル続編「ー幸福論ー」の冒頭での航平くん登場シーンが、ここに似た木の下で座っているコマでした。制作勢、よくわかりすぎている……!

 

 気にかかった部分としては、大学構内のおなじところ(屋外)で話したり歩いたりするシーンが何度も出てくるんですが、そのポールに毎度違う表示があったような気がするんですよね。公開されている前述の本編5分にも出てくる、あの掲示板のところなんですけど、E棟G棟ってあるのがC棟になったりB棟になったりしてたと思う。べつにおなじ背景でよかったと思うんですけど……致命的だったのはラストあたりで、シーンの切り替わりで、でも場所が一緒で直前にC棟表示だったのが変わってたっていう、勘違いかもしれないけどさすがにAHA体験かよ!って思った。きょうび狭いキャンパスの大学なんていくつもあるだろうし、学生なんて行動ルートが定まってることも多いし、と思ったけど看過できないところだったのかな。わたしが単に、これがどこの教室でとか考えながら観るタイプじゃないからかもしれませんが。

 あとみつやさんのヨコがヨコにしてはめっちゃくちゃ好感度高くてかっこいい。原作ではあのポジションに、ヨコのほかに映画研究会の男の子(名前ド忘れしましたごめんなさい)がいるんだけど、まるっと役割的にはそこを担っていました。個人的に一番良かったヨコのシーンは、ラストのクライマックスまえ、太一くんがヨコに航平くんのいいところとそれにたいする考えを喋るシーンのリアクション!太一くんの背後から携帯を返しに現れる航平くんをみながらの百面相、「本人いるけど……」「言えよ!!」「アツく語るから~!」(航平くんを追いかけて立ち上がる太一くんに)「うおッ」まで最強に良かった。このみつやさんが続編に出てくるツンツンガールマヤちゃんと猫を介して仲良くなる展開が見たいんですけど、続編なんて絶対ないだろうな……。あっ思い出したヤスだ映研の男の子の名前

 

 いいところは挙げればきりがないけど、俳優さんとしてはふたりとも表情が非常に良かった。凄いんですよ。人が人を好きになる過程をめちゃくちゃ丁寧に描いてくれる作品だと思うんだけど、原作よりも彼らがお互いの言動に受けた衝撃や、どこに心動かされたかがわかりやすくなっていた気がしました。

 なんでかな~と考えてみるに、原作と視点が違うところが多かったのかも。ざっくり言ってしまえば、原作は太一くん目線に比重が傾いていたのに対し、映画はどちらかというと、あくまで私の印象ですが航平くんが主人公だったんですよね。太一くんの表情とか、ちょっとだけ上から撮られてたように思います。いちいち、なるほどこれは好きになるわ、って思わせる。航平くんってこんな感じで太一くんを好きになってきたんだな、と追いかけさせてくれました。

 あと、お互いがお互いにはやくから好意的。お弁当と引き換えにノートテイクを頼むところ、「女に頼むのはこりごり」というモノローグもその理由も描写がないので最初から美味しそうに食べる太一くんを好ましく思ったように見える。あと航平くん、太一くんに対して最初の「なんなんだこいつ」顔以来ドン引き顔をしてないと思います。バカぢから…とか、こいつノートテイク向いてねえ~って顔、原作ではそのあともちょいちょいしてるんですが、まあ75分だから仕方ないし、それはそれで可愛いのでよかった。たわだくんが大型犬感すごいので懐くと早いのでは?という新説の説得力よ……。笑

 

 原作では大ゴマじゃなかったり、表情が描かれずにさらっと流された会話が、ふたりの心情の変化におおきく貢献しているのも、観ていて常にぐっときたポイントでした。「名前で呼べよ!おれも航平って呼ぶから!」(うろ)とか、ハンバーグ入りお弁当(お母さん作)の「好きです!だいっすきです!」とか、航平くん作ハンバーグを太一くんに食べさせる時の、「まあ味の保証はしないけど、」とか、ハンバーグをつくるシーンとか、お母さんにその話をされたときの太一くんの表情とか。

 ハンバーグのくだり本当に全世界に観てほしいんですけど!!!!!!ほんとに!!!!!!!

 原作と違って、ハンバーグ入り(母作)をもっていく前に「明日も喜んでくれるかな」って漏らすシーンが入るのがまずすごい。航平くんが油断しきったそれもう好きじゃんって顔してるのがめちゃくちゃにときめく。そのころには太一くんがノートテイクをする講義(おそらく2限め)のあと一緒にお弁当を食べるのが定着してるんですが、その日よりによって休講なことを掲示で思い出すんですね。お弁当二つ持ってきちゃったな、どうしようって。

 そこでぱっと顔を上げると、視線の先に太一くんを偶然発見する。声をかけようとするんですがヨコやほかの友達とふざけあってて、航平くんはそうだ世界が違うんだ勘違いするところだった、と踵を返すっていうあのシーンが入ります。当然追いかけて追いついて、原作でもお決まりの会話をして、原作では「奢るよ」に対して「気前良すぎ、なんかいいことあったの!?」ってなるんだけど、映画では弁当を持ってきてるので頗る喜ぶ太一くんに対してふふっと笑ったところへの「なんかいいことあったのか?」でして、これだともう意味が違ってきますよね。太一くんに会えたことがいいことなんだよ……!!!

 このあとに自作の方をそれと知らせず食べてもらう例のシーンもちゃんと用意されてて、動画であるつよみを最大限に活かしてくるので本当に観てほしいです。思い出すだけで心臓がギュッとなる画面作りと特にたわだくんの表情の演技が最高!わざわざ表情を見られないように斜め前に座って、そそくさと弁当を渡して、先にノ-ト写しちゃいたいから、なんて照れ隠しまで入れ込んでくるこのサブエピソード力がすごい2017。

 たわだくんて満面の笑みのまぶしさが半端じゃない人だと思ってるんですが、真顔にするともともと口角が下がってきゅっとMの字になる顔なんですよね。航平くんは不機嫌までいかなくともまあまあの仏頂面が目立つので、その普段とのギャップも相まって、「うまい!」って太一くんに言われて安心したのかな、「よかった」の百点満点お日さまスマイルっぷりがすさまじすぎました。そりゃ太一くんも目をぱちぱちさせちゃうよね……。

 ハンバーグエピソードはなんだかとても大事にしてもらっているみたいで、原作だとスペースの関係で少ししか出てこない、ハンバーグを作るシーンも丁寧に描写されていました。高島礼子さん演じるお母さんが原作よりもしっかりしてそうで、若い俳優がメインということもあり、観ていてとても頼りになりました。丸めて、空気を抜いて、真ん中をへこませて、という一連を、お母さんの手つきを真似ておぼつかなくこなす航平くんと、それを微笑ましく見守るお母さんの表情が堪らなくいい。「なに。なんか間違えてる?」「んー?大丈夫」という会話にこめられた愛情に胸がきゅっとなります。

 わたしの好きな言葉に、料理研究家土井善晴先生の「料理することはすでに愛している。食べることはすでに愛されている」というのがあるのですが、それをふと思い出す光景でした。航平くんも太一くんも、たくさん愛されている作品なんだなあ。

 

 実写化なんて!って人もそうですが、それよりもむしろ、推しがBL映画なんて!って人に観てもらいたい。わたしはどちらも推しではないけど、こんなに凄い作品に出ているふたりのことをめちゃくちゃ尊敬するし、正直羨ましくも思ったから。作品への愛も、登場人物への愛も、丁寧にひとつひとつこぼさすに拾ってくれているこの映画を、とにかく1人でも多くの人に知ってもらいたいなと身分不相応にも願っています。

 とりあえず友達には私がお金払ってでも観てほしい!池袋と名古屋に無理せず向かえる方は是非、公開期間を逃さないでほしいなって思います。わたしの拙い言葉じゃ全然伝わらないきらめきとときめきが75分にぎゅっと詰まってるから、あの眩しさを感じに行ってほしい。

 観なきゃ人生損するかはわからないけど、観てよかったし、観てもらって絶対損はさせません!私はまた行きます!とにかくお金を落とさせてほしい。

 絶対にないとは思うけど、幸福論もリミットも、おなじ熱と愛で観られる未来がくると嬉しいなって思いました。いい映画でした。