読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

スケート靴を脱ぐまえに

舞台・スケート他のセンチメンタルポエム備忘録

恐るべき子どもたち感想②

舞台など

前回からの続きです。

そういえば、第1幕で最後の方流れていた音楽の中に聞いたことがあるような曲があって気になっていたんですけど、サティの「官僚的なソナチネ」でした。いちおうライトスケオタもしているくせにクラシックに明るくないのですが、サティはわりとわかりやすくて助かりました。歌われた曲なども必死で探したんですけど、パンフレットの2ページ目に書いてあったんですよね…!27ソワレから帰宅してやっと気づきました。2幕にはジムノペディとかもありましたね!以上余談でした。


-第2幕-

▷第1幕と同様に、〈モンマルトルの特別な時間〉と似た雰囲気ではじまって、舞台装置は外であることを示す布が下がっている。ここもそういえば夕焼けが綺麗な背景なんですけど、青空はない。なんでなんだろうこの話題お昼でもいいのに…!パリ気候事情なのでしょうか(2度目)

▷ミカエルとアガートが互いに好意を抱いていると勘違いして激昂するやまもとポールに、ミカエルはあたしに会いに来てるのよ、あたしと結婚したがっているのよってエリザベート紗也加ちゃんが得意げに言うんですけど、一方で、眉をきゅっとしてから口を引き結んでもごってして、複雑そうなあきらめ顔をつくるまりおジェラールの表情プロセス、尊い…!と思って見ていました。ここを見ても思いましたが、まりおジェラールの時折浮かべる苦笑みたいな表情が一貫して素敵な舞台でした。
▷というかポールここまできてもまだアガートへの恋心自覚しないのなんでなの!?それは恋だよ!!
▷一連の話を聞いた後、「お前が結婚できるはずないだろう!」とやまもとポールが高笑いするんですが、エリザベートは心の中で「笑え笑え!あたしはあんたの笑い声がすきよ」と言い放ちます。ここ、エリザベートとの心情としては適切であるはずなんだけど正直予想外すぎてこわっと思った。二人の疾走感のある暴力的な親密すぎる会話はこの気持ちがないといけなかったんでしょうね。

▷姉のフィアンセであるミカエルに紹介されるときですら、ポールはジャケットのボタンを一つしか止めていません。学校に行っていた時はみんなと同じようなシャツの上にセーターを着てコートを羽織っていたはずが、だんだん自分を外に出られなくしていっていたのかな。〈モンマルトルの不思議な時間〉で生き過ぎたのかもしれないと感じました。
▷そして、ミカエルのことを「この部屋にはそぐわない」「地上にあらゆる幸福を持っている」「やがて彼はエリザベートをさらっていくだろう」と評して、「だが彼は知らないのだ、エリザベートが神殿に住む処女だということを」と独白します。「その禁制を破ることは僕にはできない、だが彼には恐れるものはなにもない」、ここは普通に考えたらきょうだいだからということでしょうか。ただここで問題になってくるのは「神殿に住む処女」だと思います。神殿とは不思議な時間の流れるモンマルトルの屋敷のことを言っているのか、それともほかの何かに守られているということなのか。手出しできないというのはエリザベート独自の考え方に、ということなのか?エリザベートに手を出すとすると、その上でおおきな障壁になるのは他ならないポール本人であると言えます。それはエリザベートのポールに対する鬱屈した母性と愛情と仲間意識的な執着心に基づくもので、しかもそのことをポールは多分知らないと思うんですよね。なんだこの謎の独白は。
 と思っていたら、漫画版をここにきて手に入れたので読んだところ、ここはすべてジェラールのモノローグとして振られていました。ジェラールの心情なら話は早いなと納得できましたが、じゃあなんで舞台の脚本演出はこの発言者にポールを採用したのかということがすごく気になります。あと、舞台では直後に「モンマルトルの不思議な時間は失われてしまう」と、モンマルトルの屋敷に陶酔し魅入られた外の人間であるアガートが発言するけど、ここも漫画版ではジェラールの心情。またおまえか!でもわかるよ初恋の人だもんね!つらいね!
 おそらくですが、ここ小説では誰の心情と明記されずに地の文として書かれているのだとおもいます。萩尾望都先生はここでジェラールを選択し、舞台版脚本の先生はポールとアガートを選択した、その違いのみだとはわかっているつもりなのですが、この舞台そのものがわりと漫画版の演出を採用しているようなので、どうしてここにきて変えたのか、純粋に興味が湧きました。

▷さて、驚くほどのスピードで二人は結婚をします。はやい。舞台ではミカエルがアメリカ人の資産家としか説明されず、エリザベートとの出会いや彼の心情はいっさい描かれない。お前は誰なんだとずっと思っていましたが普通に結婚式まで挙げてしまいました。
▷結婚式でもポールはジャケットをだらしなく着たままで、エリザベートにヴェールを手渡すのはアガート、花束を手渡すのはジェラール(!!!)なのでなんの仕事もしていません。ジェラール、花束で踏ん切りがつくといいなとちょっと思いました。
薄青いライトだけが照らす暗い舞台の上でエリザベートに花束を渡すまりおジェラールの表情はちょうど影になってて見えなかったけど、ぱっとついた照明のなかで、おめでとう、ってちょっと身長が低いひらくミカエルに視線を合わせて言うまりおジェラールの表情だけでオペグラの意味はあったな…あそこの公演写真があったら本当にほしい…

▷♪聞かせてよ愛の言葉を、やまもとポールの圧倒的低音にじわっと泣きそうになってびっくりした、このひと大石秀一郎の声じゃなくなっても高音パートじゃなくてもほんとうに歌がうまいんだと…
「あいのそのことばを」「あなたの」などの発音の仕方ほんとにほんとにすてきでこのひとの真骨頂は低音なのかなと…最初の方の一番低い音は出てなかったけど(♪くりかえし~の「し」?)他は歌詞間違いもなしで完璧だった気がしました!けど出てなかったんじゃなく聞き取れなかっただけかもしれません!!27ソワレでは途中で歌詞が飛んでいたので28の千秋楽で完璧なバージョンが聴けてよかったです。ちょっとだけ調べたらあらかわひろしさんという方の訳詞のバージョンのよう。間違っていたら教えてください。
▷シャンソンって全く聴いたことがなくて、さくらんぼの実る頃もジブリがなければ全く触れずにここまできていたと思います。なのでこの舞台で聴いた三曲に限ったことになりますが、音の高低差とか、逆に低い音ばかり続いたりだとか、音楽のことはわかりませんがとても難しそうなジャンルだと感じました。

さくらんぼの實る頃 - YouTube

Lucienne Boyer - Parlez-Moi D'Amour [1930 ...


▷いろいろ鬱屈した思いも抱えているとはいえ、全てがすこし好転しそうだった事態をあざ笑うかのように、ミカエルはエリザベートとの別荘の建設を視察しに行ったまま帰らぬ人となります。エリザベートに広い家と莫大な財産を遺して。ここまで書いて気づいたんですけどMichaelでアメリカ人ならマイケルなのでは…?そもそも違う綴りなのかな、勘違いだったら恥ずかしいですね
▷「ミカエルが、死んだ…!」とポールに告げに来るのはやはりジェラールで、ここでもこの人は始まりの場所にいるんだなあと思いました。

▷♪人の気も知らないで、待ちに待った全員曲!ポール→ジェラール→アガート→エリザベートからの斉唱で嬉しかったけど、欲を言えばハモって欲しかったなと…!!あの稽古期間を考えたら難しいんでしょうけど!ただ、女性視点の歌詞を一慶さんと麻璃央さんが低い声で歌うのを聴けたのは最高の一言に尽きました。それから、26夜でやってたかは覚えていないのですが、楽で印象に残ったのが「♪甘く激しく抱きしめても」で音を外さない緊張感と高揚感のなか、左手を胸のあたりにあてて、ぎゅっと掴むというまりおジェラールの仕草!すてきすぎた…まりおジェラール、ただ一人だけ大人になってしまった人なのだと思いました。
 ここ、歌ってない人たちで袖からクッションとか持ってきてだんだん部屋をつくっていってて、当然と言えば当然だけどアガートとすれ違うたびにやまもとポールはアガートのことめちゃめちゃ見るんだよね…しかも自覚していないのに表情はめちゃくちゃ恋をしてるんだよね…よかった…
 ポールは愛と言っているんですが、個人的に恋だと思って恋とここまで表記してきました。主観です。

▷夫が死んだというのにエリザベートは相続手続や本国に帰りたがる使用人を煙たがるのみで、屋敷の中は確かに重苦しいけど満たしているのは悲しみではなさそう。もしかしたら描かれない中で悲しみ尽くした末の感情かもしれませんが。ミカエルの死を悼み悲しむひとがひとりもいないのはちょっとどころじゃなく異常ですよね…こわいよ~
▷ドライブに誘われるも一蹴したやまもとポールは「僕はもっといいことをするんだ」と突然ズボンを脱いで靴と靴下も脱ぎだします。演出なのか習慣なのかフェチなのかわからないけど、靴を履いた状態で脱ぐのがちょっと難しそうでした。しかもそのあと靴も脱ぐし…後半に向けてほぼ寝巻きで過ごしているという表現だったのかな。個人的には、これでこのひとは自分で外に出られなく(=地上に降りられなく)してしまったんだと思います。かと言って夢幻世界にも出掛けられない。「どうして“出掛け”られないんだ」と苛立ちますが、これは地上の人間に恋をしてしまったがゆえだと思うんです。かぐや姫か?

▷アガートへの愛をやっと自覚して速達出してカウチに寝るやまもとポールを心配して覗き込むまりおジェラールがデジャヴ…!第1幕もあったよね〜距離近いね〜〜(下衆の勘繰り)あとジェラールそのまま二部では起き上がってスペース空けたポールの隣座るのまじでなんで…なんで……ちかいよ……ってなりました。突然の煩悩まみれの感想…
▷それにしても山本一慶、白い…!思ったよりがっしりしてはいましたがテニスの筋肉がけっこう落ちていて、まあ半年以上経ってますし当たり前なんだけど、ちょっとだけしょんぼりしました。体に対して足大きいな~と思ってたけどそういえば麻璃央さんよりも靴のサイズ大きいんでしたっけ~!
▷アガートからポールへの想いを告げられたエリザベート紗也加ちゃんの表情の恐ろしさ、最高でした。アガート聡美ちゃんは割と分かりやすく恋する乙女だった気がするし、ジェラールはアガートとポールの両片想い的な空気をおそらく薄々感づいていたと思うんですよね。やっぱりこのきょうだい…お互い以外の人間のこころの機微に疎い…!このあとポールの想いも聞いてから、玄関に速達を探しに行って見つけるんですけど、差出人も宛名もポールになっていることに気づき「まあ、なんてばかなんだろう!」と言うエリザベート紗也加ちゃんの声色に潜む純粋な弟愛に胸が痛くなりました。どうしてああなっちゃったんだろう……そのあと「間違いをわざわざ教えてあの子に気を落とさせることはないわ」で瞬時にもの凄い恐ろしい表情に戻るんですけど。あと「ビリビリッジャーーっトイレ詰まるよ!?!?」っていう情緒の欠片もないメモが残ってたんですけど、この手紙のくだりでした。貴重なカテコ終了後のメモタイムを何に使っているのか

▷まりおジェラールの「ぼくは世界一幸せな男だ」、もう愛しさと切なさと心強さとって感じで…深刻な語彙力の欠如……すきですきで結婚まで見届けた相手に思いを告げることもできず、さようならのハグとキスをするわけですけど、なんかもうなんなんだよ救われて欲しい…ここに来て気づいたんですけど舞台が西洋文化の真ん中であるフランスだっていうのにこの作品、挨拶としてのハグやキスをまったくしていないのではないでしょうか。最初で最後のハグとキスだったということですね。胸が苦しすぎる…麻璃央さんてあんな表情?空気感?をつくることもできるんだなあと思いました。おとなになってる…大御所の間とかもう言えない…
 あっそうかここでも事件の始まりにいるんだこのひと…アガートへの仕組まれたプロポーズでも、実際に実行するのはジェラールなわけですから。
エリザベートからアガートがジェラールを愛しているという嘘を教え込まれたポールは、病気でふたたび寝込みます。ていうかこれなんの病気なの?舞台がどうのって話とずれるんですけど、このお話はエンタメ視点で言えば、医者が黒幕なのか、ジェラールの復讐劇なのかっていう読み方が一番面白く読めると思うんですけど、どっちにしてもポールはこの病気ではない死因でしぬわけじゃないですか、あまりにも医者が怪しすぎますよね~いや原作読めって話なんですけど。
さて、ポールは失恋のショックでしばらく出ていなかった夢遊病の症状をも再発させます。つまり暗黒舞踊再び。せっかくアガートに恋する瞳してて可愛くなってたやまもとポールの無表情、怖いし悲しいし1幕と同じ振付でやっぱり不気味だし絶望しかなかった…第2幕後半は破滅への輪舞曲…あの無表情ちょっと同調に似てましたけどね

▷「あたしみんなを愛していてよ!」4人の中で自分の気持ちに唯一嘘をつかないでいられたひとなのかなとひしひしと感じました。ほんとうに愛してしまったんだなあ…そのなかでもとりわけ弟を唯一無二の存在としてそこに依存してしまったということなのかな。自分ばかりが苦労してみんなを幸せにしてあげたという独白が続くけど、胸が締め付けられました。この人本当にこどものまま育ってしまったんだ…母親や弟の面倒をみて医者にえらい子だねと言われていた、そのままでおおきくなってしまったかわいそうな女の子なのかもしれない。ポールに大人になってほしくなかったのでしょうか。ジェラールとアガートが結婚したあともこの屋敷に住まないかという提案をしていますし、4人で一緒にずっと幸せに、〈モンマルトルの不思議な時間〉を維持したかったんだろうなあと思います。普通こんなにみんなの気持ちに糸を引いて大規模な策略をしてしまったら、一緒に住んだらボロがでそうで嫌がりそうなものですが…そういうところもこどものままだったのかな。

▷そして問題のまりおジェラールが嬉々として毒薬(と称される何か)を持ってくるシーン。この舞台で唯一ジェラールが着崩してくるんですよね、そしてこれが結局破滅への直接原因になる。ほらまた始まりの場所にいるんですよこの人……。一体どうしてそんなに楽しそうに持ってきたのか、そもそもダルジュロスに会ったというのは本当だったのか。ここにすべての疑問が集まっている気がしてなりません。漫画版だと当然のように成長したダルジュロスとの再会が回想として描かれてしまっているので、会ったことは疑いようのない事実になってしまいますが、原作ではどう書かれているのかとても気になりました。地の文で書かれていなければ、ジェラールの作り話という可能性も捨てきれないなと思うので…こういう読み方あんまりよくないなあとは思うんですが。
▷ダルジュロスが「雪玉」としてポールのことを話題にしたとジェラールが告げた時のやまもとポールの嬉しそうな表情ったらなかった。引き戻される懸想の日々と、ポールにとってはただの土産ではない黒い毒薬が最終的にポールを殺すのに、その二つを与えたのがあれだけダルジュロスから守ろうとしていたはずのジェラールだったところに何を見出すのが正解なのかまったくわからない、これが教養のなさ…!
▷頭の弱い話をすると、あんた食べなさいよ・やだよというきょうだいの騒がしいじゃれあいをまりおジェラールは子供の頃に戻ったような表情で見ていたんですけど、その横でドン引きしていたアガートがちょっと面白くてかわいそうでした。

▷これは漫画を読んで気づいたことなのでここに書くのはちょっと違う気がするんですけど、白い雪玉と黒い毒薬は結局ポールの命を奪うアイテムとして対になっているんですね。毒薬を渡してジェラールが帰ったその夜だと思うけど、ポールはあの雪合戦の夢を見る。漫画版ではそのシーンで、ダルジュロスが投げた雪玉が、毒薬にかさなるような描かれ方をしていて、そこでやっと毒薬が黒く丸い塊でなくてはならなかった意味に気づきました。思えばダルジュロスから預かったと言って毒薬を渡すのもジェラールなら、あの雪合戦の日にダルジュロスが広場にいることを教えたのもジェラールなんですよね(ジェラールが教えなくてもおいおい見つけられたとは思うものの)。どうなっているんだこの世界…

▷瀕死のポールからの手紙で駆けつけ、医者を呼べとせまるアガートに、エリザベートは「お医者は狩りに行っていて留守なの」と夢幻から覚めたばかりのぼんやりとスローな口調で答えます。ここで蒸し返しますけど、だから!医者が!最初から最後まで怪しすぎるんだよ!!!「2週間も続くはずがない」と冒頭で言われるくらい、何故か必死に働かなくても困窮しない、自分の身の回りのこともしなくていいというきょうだいのこの状況を最初に作り上げたのは、看護婦をつけて必要なものは言えば買い与えられるシステムにした医者なんですよ。みんなのことを監督するエリザベートはえらいなと褒めたのも医者。医者に毎日のように診てもらっていたはずの母親も回復を遂げることなく死亡。ポールを診察して病名がなんなのか明らかにせず重病と診断したのも、再発を診断したのも医者。濡れ衣と言わればそれまでだしもちろん一貫して全て同じ医者ではないのかもしれないですが、ものすごいキーマンですよね。考え過ぎかな~!

▷やまもとポールはいちどアガートとのお互いの愛に気づけたことで若干地上に近づいた気がしました。死にかけてるのに、生きている感じがした。そして奸計(ポールとアガートにとっては)が明らかになったエリザベートは、人間らしくなるポールと反対にどんどん狂気に近づいていきます。ここで「ポールを取られたくなかった」というような発言があったと思うのですが、アガートからポールへの愛を打ち明けられたときは「アガートをとられたくない」というようなことを言っていた気がするんだけど…記憶違いか解釈間違いでしょうか。
▷いちどポールとアガートに銃口を向ける仕草をするシーン、エリザベート紗也加ちゃんは何も持っていなくて、背中合わせに立った発くんがピストルを持った左腕をエリザベートの腕の影のようにぴたりと合わせて動かすあの演出、最高すぎて息苦しかったです。あそこでエリザベートがピストルを持たないのは、アガートの「あの人私たちを撃つ気だわ!殺される!」というセリフへの「何を言っているの?殺されるのはわたし」という言葉のあとで発狂の暗黒舞踊があるからなのかな。あれもなんなのか分からず怖かったですけど、なにかにぶつかって跳ね飛ばされるような動きが入っていたのは、漫画版では鏡の前だからなのかとちょっと思いました。
あのエリザベート暗黒舞踏を、やまもとポールは最初はアガートと怯えて?呆然と?見ているのに、ふと気づいたらあさっての方向を見つめて薄ら笑いを浮かべていて、あああもうだめだ、っていう…アガートに求めるところではないけど、もしもアガートから「助けて」以外の何らかのはたらきかけがあったらもしかしてダルジュロスを追いかけずに済んだのだろうかと無駄なもしもを考えました。あの目は何を見ていたのかな。完璧にどこでもないところに焦点を合わせているのに口元は緩んだままの感じ、相当な怖さでした。

▷自分の部屋(コーヒーポットを持ってきた部屋なので…)で自ら頭を撃ち抜き絶命するエリザベート。そのエリザベートに呼ばれているとふらふらと歩き出すポール。この幻聴の症状、あの黒いものは麻薬だったということなのかな…。ちょうど舞台の真ん中(上下的にもたかさ的にも)あたりでポールは「ダルジュロスを見なかった!?」と焦点の合わない瞳で誰かに問いかけ、何かを追いかけるように姉の部屋に行き、エリザベートの前髪をかきあげてから足元に座るように寄り添い、彼女の手を自分の首にそっとまわして死にます。すーーーっごい綺麗な目の閉じ方してた。そのまま暴力的なまでの赤い照明の中で幕がおりました。
ただただぼう然としました。なんだったんだこの時間は。



■ただの感想など

 さて、「ダルジュロスを見なかった?」はポールが最初と最後に口にする言葉で、なおかつこの舞台最後の言葉でもあります。
 最初と最後のセリフがおなじ舞台ってめちゃくちゃ好きなんですけどそんなことはどうでもよくて、何が言いたいかというと、彼の死に際の最期のさいごに彼の頭のなかに響いた声はダルジュロスでもエリザベートでもアガートでもなく、まりおジェラールの「ダルジュロスなら広場だよ」「広場は危険だよ…!」だったのでは、ということです。まりおジェラールの声を抱いてやまもとポールは死んでいったのだと思うと、ダルジュロスに心酔しアガートを愛してエリザベートと狂気の果てに死んだポールの人生において、歯車が狂う始まりも人生の終わりもジェラールっていうのが、なにかの救いみたいでハッとしました。ぜんぜん救われてないけど
(正直これだけが言いたくてこの文章書いてたと言っても過言ではないです)

 あとふつうに、かわいいな~!って思ったのはカーテンコール。
 発くん出てくる、拍手、発くん一番高いところで待機→麻璃央さんと聡美ちゃん出てくる、拍手×2、麻璃央さんが聡美ちゃんをエスコートして2番目に高い所へ→一慶さんと紗也加ちゃん出てくる、拍手×2→紗也加ちゃんが聡美ちゃんにおいでおいで!ってして3人とも降りてくる、という流れだったと思うんですけど、27夜はなんか知らんけど一慶さんも麻璃央さんに手招きしてた。なんで。レポ拝見する限り26と27昼ではやってなかった?ようですけど、いやなんでだよって感じの照れ笑いまりおさんがとっても可愛かったです。ラストシーンに彼だけいないので余計じんわりきました。
 ちなみに楽日はまりおさんに手招きしてから発くんにもしていたように思います。
 3度も幕を上げてくれて、でも俳優陣からの挨拶はないという終わり方にしびれました。かっこいい!


 総括すると、今後アージャさんの文学系の舞台は原作を読んでから行こうと心底おもいました。でも楽しかった!